True-Story:人生のターニングポイント – その3 – ヒーリング(オーラリーディング)との出会い

多摩川, 川崎市, 神奈川県

私の人生に大きな影響を与えたのは、オーストラリアとスクーバダイビング、そして、ヒーリングとの出会いです。これらのどれか1つが欠けても、今の自分はいなかったと断言できます。今回は「その3」として、ヒーリング(オーラリーディング)と私の出会いをご紹介します。

私は、ヒーリングセンター アルケミストで、ヒーリングを習い始める前、オーラリーディングのモデルになりました。それまで、オーラについては、あまり理解していませんでした。

オーラとは、まるで卵の殻が卵黄を包むかのように、体の周囲を取り囲む生命エネルギーフィールドことで、具体的には、7層で取り囲まれているそうです。この時のリーディングでは、第1層肉体層、第2層感情層、第3層精神層の3つでした。

当時、ヒーリングセンター・アルケミストで開催されていた「ヒーラー養成講座・アドバンスコース」で、オーラを学んでいた学生さん達の練習用モデルとして、無料でオーラリーディンを体験しました。

彼女達は、椅子に座った私と会話しながら、時間にして約20~30分、私の体の周囲のオーラを読み取り、色鉛筆で紙の上に次々と描いていました。そして、解析中、一旦、別室で待機し、その後、再び、解説を聞きました。

その時、私のオーラ図の他に、そのオーラに基づいて描かれた「オーラ印象図」というものを見せられました。

<オーラ印象図>

この絵の説明は以下の通りでした。

  • 頭には潜⽔ヘルメットを被りながらも、圧縮空気のタンクには接続されていない。
  • 腰には不必要なほどの重りを巻き、⾜には左右ちぐはぐな⾜ヒレを付けている。
  • 本当の海は遠く離れているのに、ビニールプールの中で、怖くて震えている。
  • しかも、航海⽤のカヌーは、既に準備されている。

リーディング中に話した内容は、私がスクーバダイビングをしていること程度で、自分の内面的なことは、一切口にしていませんでした。しかし、彼女達の説明を聞きながら、自分の全てを認めてもらったような、自分の気持ちを分かってもらえたような、とても不思議な感覚でした。

特に悲しいわけでもないのに涙が出そうでした。後から、それは私の「インナーチャイルド*1(Inner Child)」が癒されて喜んでいるのだと聞かされました。今でも、この絵を見ると、涙がこみ上げてきます。ヒーリングと聞くと、身体のマッサージをイメージしがちです。しかし、このオーラリーディングもヒーリングの一環です。

(*1:インナーチャイルドの詳細は以下のブログ記事ご参照ください)

参考ブログ:ホールケーキを食べて号泣したわけは ?

ダイバーに例えた印象図は、特に私の心に響いたのでしょうね。その後、私はヒーリングを習うことになるのですが、その時、いつも、「両脚が電信柱のようにカチカチ」と言われていました。でも、自分では、筋肉質だからだと思っていました。実は、本来の筋肉は、とてもしなやかなのですね。

それが、オーストラリアで暮らすようになったら、自分でも驚くほど、両脚の筋肉がとても柔らかくしなやかになりました。私と同じ認定ヒーラーの家内が、私にヒーリングを施してくれた際、驚いていました。それは、当時、日本から離れることで、両親からのエネルギー(氣)的な影響が減ったからのようです。まるで、携帯電話の電波が圏外になったかのように・・・。

しかし、これは、自分が両親からの守りのエネルギー(氣)を必要としていたからに他ならず、私の両親が良い、悪いとは無関係なのですが・・・。今世の私の場合、物理的に日本から離れることで、ようやく、エネルギー(氣)的に両親から自立できたのだと思います。これも、家内がオーストラリアへ呼んでくれたお陰です。

その後、私がオーラリーディングを習った時は、残念ながら、この「オーラ印象図」を描く機会はありませんでした。しかし、モデルになってくださった方々は、皆さん、オーラの解析を聞いた後、とても癒されたと話してくださいました。

その後、40歳を過ぎの⼀⼤決⼼で、当時、家内が暮らしていたオーストラリアへ渡り主夫となりました。もし、あのオーラリーディングを受けていなかったら、この決心はしていなかったでしょうね。今では、あの「オーラ印象図」1枚が、私の⼈⽣を変えたと⾔っても過⾔ではないと思っています。

なぜなら、本当に「航海⽤のカヌー」は用意されていたからです。しかも、最初のオーストラリアでは、波が穏やかな「限定水域」で、家内という「インストラクター」と一緒に安全に航海する練習ができました。そして、ニュージーランドでは、いよいよ、海況が変わりやすい「外洋」で、二隻の舟に分かれて、航海の本番が始まりました。

ニュージーランドへ渡ってからは、「ああ、遭難するかも!」と追い込まれることの連続でした。そして、二隻の舟ですから、航行中に頼れるのは自分だけでした。しかし、常に、目に⾒えない存在に守り、導かれ、実際に「遭難」することは1度もありませんでした。

以前にも、ご紹介しましたが、料理学校のシェフ講師から「自分を信じろ、そうすれば成功する。」と言われました。いくら、「自分を信じろ」と言われても、自分を信じられない人にとっては容易ではありません。しかし、本当の「⾃⼰信頼」とは、⾃分に内在する神聖な存在を信じて頼ることだと気づかされ、それなら、自分でもできるかもと思うようになりました。

参考ブログ:「あり得ない!」ことは、霊性トレーニング?

そのためには、⾃分に内在する神聖な存在を信じて仰ぎ⾒る⼼、すなわち、「信仰⼼」は不可欠と言えます。なぜなら、神聖な存在が、自分に内在すると信じられるから、その存在に頼りながら、与えられている能力・才能を発揮できるからです。

「自信がない」という状態は、自分を信じていないことです。己から信じられない者が、本来の能力・才能を発揮できるはずもなく、その結果、「何をやっても、やっぱり自分は駄目」という悪循環です(多数体験済)。

自分の表面的な意志とは無関係に、自分の魂に内在する神聖な存在が導いてくださっています。だから、ここまで辿り着くことができたのだと実感しています。これから先は、全ての判断を神聖な存在に託すこと、すなわち、全託することが賢明な生き方のように感じます。

そのためには、「無私(神聖な存在のよい道具に徹すること)」も重要だと学習中です。これまでの人生を振り振り返ると、常に、全託して神聖な存在のよい道具に徹した時、言い換えれば、自我が神聖な存在の行いを「邪魔」しなかった時、目の前の課題がクリアできました。

そして、人間である限り、何ごとに於いても完璧はあり得ないことも忘れてはなりませんね。元々、完璧主義ですので、「自分は完璧にやっている」と勘違いしていました。そのような時に限って、手痛い失敗をするものです。

しかし、そのような未熟な自分を認められず、己の間違いを認めないか、または、自分の未熟さを非難するか責めていました。現在では、やっと己の未熟さを、真摯に受け入れられるようになってきました。

神聖な存在は、ありのままの己を認め、許し、愛すること、すなわり、自愛も求めています。なぜなら、それが出来なければ、自分と価値観が異なる他者を認め、許し、愛することなど出来ませんからね。

⼈間は極限まで追い込まれなければ、気づけないことが多いのかもしれませんね。もう当時の「不⾃由な⾃分」には戻りたくありません。しかし、今よりも更に未熟だった当時の⾃分も認めて、許して、愛せるようになると決⼼します。

どの時代でも、争い事は耐えません。まさしく、「善悪や正しいか間違っているかで、争いが生まれ、やがてそれは収拾のきかない程、大きいものになってしまう事が世の常です。」の通りですね。まずは、自分自身を認め、許し、愛することが出来たら、家族や友人、そして、近所、地域、国、世界へと広がるのでしょう。まずは、「己から変えよ」だと痛感しています。

今回は、私の人生に大きな影響を与えた「オーストラリア」と「スクーバダイビング」、そして、「ヒーリング」のうち、その3として、私とヒーリング(オーラリーディング)との出会いをご紹介しました。

今回も最後までご覧いただきありがとうございます。

Tadashi


Tadashi

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